mtzq.net [ デイタンソウ | PEAT BED ]
カルマの円環構造◆手紙の形式による夢◆空は青く唇紅く傘さして出かける◆わがいほはくちなはとはにからみあひ◆少しずつ狂ってゆく◆樹と 樹を見ること 夢はどちらにあるのだろう◆科学的アプローチ◆いやならいやだと言っていいのだから。あたしが言おう◆言語の搾取問題◆勝てばドイツ人だが負ければ移民◆私とは、わたしとわたし自身とのあいだのこの間である。◆ストリップよ。あたしはすべての技巧派をケイベツする立場だもん。◆田舎の未来派◆過酸化マンガン水の夢◆もうずいぶんまえから、私は私ではない。◆モンタージュ内またで歩くとき空がひらく◆透明のはこが死だといふことも。◆盥から盥へうつるちんぷんかんぷん◆人撰して一人也花の陰◆次々とこわれて行く図柄を図柄とする作品の可能性。作品の破れ目ができ、作品内の時間が作品外の時間とショートして火花を上げる◆文学は、他の芸術と同様、人生がそれだけでは十分でないことの告白である。◆くらげ小母さんさんが磯に泳ぎついた/象が彼女を愛してた◆隠喩としての断片のミルフィーユ◆鬼を出したと思った時は、自身が鬼になっているのです。だから、その鬼に対して済まないと思えばよい。世の中で済まないものを一人でも持っているというのは、幸福なことです。◆待つこと忘れること◆この夢の主は死という名をもっているのではないか◆盥から盥へうつるちんぷんかんぷん◆私は悪人になりまする、なりたうはなけれどならねばなりませぬ◆この夢の主は、死という名をもっているのではないか。◆邯鄲の夢◆人は自分の欲望によって書く、そして私はまだ欲望しおえてはいないのだ。◆お月様こんばんは◆フニクリフニクラフニクリフニクラ◆アサキユメミシエゴイスト◆地球上で一番やさしい動物◆因果応報の遠近法◆ベガーズ・バンケット◆脳味噌までとろけた脊髄までしびれた◆袋小路としての半島◆人生ではじめに学ぶのは自分が馬鹿だということだ。人生で最後に学ぶのは自分がやはり変わらぬバカだということだ。◆記憶の分有は可能か?◆EXODUS・ニゲロヤニゲロ◆物語は受け手の側にある。◆おれはひとりの修羅なのだ◆人は自分の欲望によって書く、そして私はまだ欲望しおえてはいないのだ。◆今流行っているロックは墓石なんだ。ロックは、10億ドルの墓石の商売に成長した◆自然世界へ立ち返る画像は、通常の直立の姿勢で経験される感覚データを呼び起こすが、それによってルネサンスの絵画平面において垂直性がその本質的条件になっている◆うすばかげろぐじつはむかしのをんな◆現在の私も 過去の私も/異なるふたつの夢にすぎない◆ツヌガアラスト◆高級芸術とマスコミ文化の間の区別の解消をポストモダニズムと呼ぶ◆サイノカワラデロックンロール◆目に見えるものは見えないものの投影にすぎない。◆言葉に躓く◆物語は受け手の側にある。◆無理な注文を乞う可笑しさを笑う◆記憶の海を漂う夢の断片◆難破した話◆Time Out Of Mind◆大津絵に糞落としゆく燕かな◆脱進化論としてのシマウマダツタイヌ◆こうした移行を物化(すなわち万物の変化)と名付けるのだ。◆ブリコラージュ◆鞘羽をしまう甲虫◆こぼれおちるもの◆自己参照ループが検出されました◆夢喰い虫◆夜汽車ゆく光圏来る氷柱去る氷柱◆私たちのなかには 無数のものが生きている◆思い出せない夢◆直立した姿勢から知覚された世界の類似物ではもはやなく、便宜的に垂直に置かれた情報のマトリックス◆部品工場◆mental sketch modified◆自分とはたんに 感覚や思念の 場にすぎないのだ◆この上の望は目に見えぬものをぬすむことである。